こんにちはrikikoです♪
先日、研修に参加してその中でこんな問いかけがありました…。
①あなたは、何才まで生きると思いますか。
②それまでにあと何年間ありますか。
③あなたは、人生の最終日、臨終の床に寝ています。…と想像してみて下さい。それはどんな状況ですか、周りには誰がいますか。
④あなたが亡くなったとき、あなたの家族、知人、友人は、あなたの一生についてどんなことを言うでしょうか。また、自分自身では自分の一生について何を言うのでしょうか。
このような質問でした。普段は考えもしないような内容です。
不思議と一瞬、80歳の母が頭に浮かんできて、その母よりは長生きしなくちゃと思ったのです!
そうすると自分はあと30年間の寿命があり、それを日数計算し睡眠時間の1/3を省くと7300日でした。
・・・あらためて数字で見る自分の時間7300日!!・・・正直、短いなぁと感じました。
初めて感じる気持ちでしたね〜。
この研修時期に合わせるかのように、実は父の病状が悪化・・・。
時間という見えない、形はない、でも有限であることを重ねて実感しました。
「人生の目的はワクワクと楽しむこと。それが使命である」と見聞きしたことがあります。
しみじみとそうだなぁと思うんですが、日常はそうもいきませんよね?!
でも、この有限であることを少し実感できる今でこそ、楽しいことばかりじゃない出来事も実は生きててこその体験なんだと思える今は、確かに楽しいことではないんだけど、人生においてはワクワクのひとつなんじゃないかと、なんでもないこの日常こそが愛しい小さなひとコマに感じた気持ちの変化だったのです♪
父の限りある時間が近づいています。皆さんもそうでしょうけど、今までいい事ばかりじゃない、いろんな事がやはりあったのです。歯がいいこともあるじゃないですか!・・・
でも、今はなぜか子供の時に抱っこされて星を見上げていた夜のことや、川遊びに連れて行ってもらって流れの早いところでは手をひいてくれていたことなど、すっかり忘れていたことがふと頭に浮かんでくるから不思議です。
死んだばあちゃん(父の母)に「痛みがないよう、苦しまないよう、導いてください」・・・なんて無意識にお願いしてる自分がいるのです。
その時が来ることを想像すると、やはり悲しい気持ちになります。残される母が心配にもなります。
でも、遠くないいつかの日、私にもその日は来るのです。
いろんな事が起こる毎日だけれど、最期にはやはり「ありがとう」と感謝できる人生、自分でありたいなと思います🎵
追記・・・
父が生きていた時、優しくできなかったのです。
あんまり好きではない父が入院し、吐き気で全く食べれない辛さ、倦怠感と戦う姿を毎日目にし、そんな中でも病院のスタッフの方にはジェスチャーで感謝を伝えている。
母や私に「起こして」と手を伸ばし、帰るときには握手が習慣になり・・・。
こんな日々が数日続き、徐々に父のために何かしてあげたい、時間のある時にはできるだけそばにいたい。少しずつ私の気持ちも変化してくるのがわかりました。
「きつい」と言葉にすることはほとんどなかったですが、大好きなテレビ視聴と母と携帯でのおしゃべりやメールを全くしなくなりました。無音の部屋が家族にとっても苦しかったです。
そこで私が浴室で愛用しているラジオを持ってきて、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな音量で鳴らしていました。それからはずぅ〜っと臨終のときまでかけ続けました。
ラジオから流れる音楽や会話で辛い闘病の時間が少し和らぎ救われました。
今はまた私が浴室で聞いています。
たかだかラジオのことですが、どこかでどなたかの小さな参考になれれば幸いです。
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